スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なぜ役所は居心地悪いのか?

以前紹介した”役所の世界はおかしい”ということについて書いた。
それの実例をあげよう。季節は真逆になるが、暑い夏の冷房を入れるときのこんなやり取りが載っていた。それにはこういう例が。精神主義を好む社畜

------------コピペ開始
でも湿気も暑さも一九九四年(平成六年)の夏は格別だった。酷暑となる兆候が現れてきた六月のある日、「蒸し暑くてたまらない」そう思って温度計を見ると室温は三〇度を超えている。涼しいところで仕事をするほうが効率が上がる。そう信じている私は、何の疑問も感じることなくエアコンのスイッチを入れた。ところが小一時間もすると管理課の職員が現れて、スイッチを切っていく。以下はその職員とのやりとりである。

「なぜ切るのですか」
「冷房は、七月一日から九月三〇日の期間にのみ運転するとの決まりがあります」
ところが、そういう係長の額はうっすらと汗ばんでいる。
「今日は湿度も高く蒸し暑いでしょう。だからエアコンを入れたのです。あなただって暑そうですよ」
「これぐらいの暑さなら我慢するべきです。総務課としては冷房が必要だとの判断をしていません。それに年間の冷房予算は決まっているのです。ですから七月一日からという規則を守っていただきたいのです」いかにもお役所的なコメントである。
「でも温度計をごらんなさい、三〇度を超えています。暑いという事実が現実です」
「暑いと言っているのは宮本課長だけです」
「他の人も暑いと思っています。ただ口に出さないだけです。だからこそエアコンが入っても、誰も文句を言わないのです」
「総務課ではそのような判断ではありません」
「でも総務課は別の棟にあるでしょう。日の当たり方も違います。当然、室温も異なるわけです。たとえば一階の食品監視課はここほど日が当たらないから、温度も多少低いでしょう。エアコンを入れる場合、部屋の温度に応じた、個別の判断がされてしかるべきではないでしょうか」
「そういうわけにはいきません。検疫課だけを特別にはできません。検疫所職員全員が暑いと言い出せばエアコンを入れるかどうかを考える必要が生まれるかもしれませんが、たったひとりの要望では冷房を入れるわけにはいきません」「全員が暑い、そういう認識が示されない限りエアコンは使用してはならない、そう言っているわけですね」
「まあそうです」
「しかし、日本社会は、言いたくとも言わない人のほうが圧倒的に多いのです」
「皆さんが要求してくれば、我々だって考えざるを得ません」「でも、規則と掟の中で縛られている人たちは、そう簡単に自分の意見を言いません」

中略

「JRでもデパートでもエアコンは入っています。なんで検疫所だけがそんなに律儀に規則に従わなければならないのですか」
そう攻めてみると、「JRと検疫所は違います」と逃げられてしまう。
また、「日本の役所ではみんな冷房は七月一日からと決まっているのです。税金を使っているのですから多少の我慢も必要です」
ムダの積み重ねの上で生活をしているのに、急に納税者側の立場となる。
「効率よく仕事をすることが、税金の節約になるのではありませんか」
「そうですね」
驚くべきことに、彼はこれには同意する。そこで、「室温にも臨機応変に対応し、居心地のよい環境を与えれば、仕事も効率的に進む。そうすれば、ムダな残業も少なくなり税金のムダ遣いも少なくなるでしょう。『暑いのは我慢するべきだ』という意見は、一見、正しそうに聞こえますが、よく考えてみると、犠牲の精神に則った発想です。我慢の精神が、決して税金の効率的運用につながるものではありません。逆に、我慢の精神は社会をとても非能率な方向へと導いているように思うのです」

私の論理展開にいらいらしてきた係長は、「予算の効率的運用をどのように運ぶかは総務課の仕事です。そして最終的には所長の決定事項です。宮本課長は検疫課長ですから、冷房のことなど口を出さないでください」次は、お役所独特の縄張り意識の重要性を説く。
そこで、「『汗をかきながら、我慢をしながら仕事をする』これが善だと思っているのではないですか。だからこそ『暑いのも我慢しろ』との発想となると思うのです」
すると、「私はただ規則に従ってください、そう言っているだけです」いっこうに噛み合わない論議に、課員一同、聞き耳を立てている。

「『暑いのを我慢しろ』という発想と『日の丸弁当さえあれば、後は精神力だ』という兵帖を大切にしない戦前の精神主義は、根元は、犠牲の美学にあります。しかし、そうした我慢の精神が敗戦を招いたのです。戦争も仕事も効率よく行えば得るものは多くなります。ところが、我慢の精神の徹底は、効率的に物事が運用されているという幻想を国民に植えつけるだけで、実質的には生産性を落とす最大の原因となるのです」「課長の持論はもう結構です。とにかくエアコンを入れるのはやめてください」彼はそう言い放って検疫課を出ていった。


中略

そもそも精神論なんて占い師の世界ですよ。百歩譲っても神道原理主義です。こうした考え方で応援して本人の選手生命に影響が出ても、応援した者が責任を負うわけではありません。野茂が置かれた状態も似たようなものだったと思うんです。だから、彼はアメリカに出ていくしかなかった。
-------------コピペここまで
↑なんかこういう世界にいると人間がおかしくなってしまわないか?
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

たけじろう

Author:たけじろう
1968年福岡県久留米市に生まれる。家族は妻と二人。

好きな言葉『俺が常識』『妬ませる』『思考は現実化』『成功』『好きこそものの上手なれ』

嫌いな言葉『滅私奉公』『協調性』『和の精神(同調圧力のこと)』『権利を主張する前に義務を果たせ』

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。